Kai ! GO ! Life

鈴 真由.の徒然なる介護日記

生活の中の存在感

父が施設で生活するようになって来月で2か月になる。

 

まああ、この2か月、想像を超えた荒れっぷりで私はやきもき、イライラした。

たぶん、今でも荒れているんだろうな。と思いつつ、コロナ禍で面会が簡単にできないのでこの2か月の間で父に会ったのは「もう帰れません!」の第一次の戦いの時だけだ。

施設自体には、いろいろ届けものを持っていったり、おやつを持っていったりしているので私は、週に1度は寄っているのだが受付どまり。

受付から先の世界に入ったことはない。

この先の世界で父はどのように暮らしているのか?

実際の居室も写真以外でみたことはない。

 

インスタで居室の様子を送ってくれたりするのだが、いかんせんあの様子では写真を撮るどころではなくインスタは相談員からのお困りごと連絡手段になっている。

 

父とは同居していたわけではないし、そんなに口を利くわけでもなかったのだが、実家によればそこにいて、マイペースにベットで相撲をみていた。

そんな姿が視界の端にはいっていたのが、生活の中から父の姿が消えてしまった。

 

毎月のように通った通院もいちいち休みをとって、時間を合わせて父を車に乗せていくのは面倒だな。と思っていたが、それもできなくなると不思議なもので通院していたことすら懐かしく思えてくる。

もう、一緒に行くことはないのかな。。

(急変した時は私が主治医のところに連れていく予定ではあるけれど。。)

 

父は私と通院するようになってから、唯一のスケジュールのように通院日の前々日くらいから何度も何度も予約時間を確認して、外履きの靴もきれいなものを箱から出してまるで遠足の前日のように準備していた。

通院は楽しみとは言えない外出だが、父は結構、気合をいれて用意をして臨んでいた。

 

毎回、予定日が近くなると何度も何度も

「明日は何時だ?」

と聞かれたことがうざったかったし、

ちょっとでもお迎え時間に送れると怒っている父にイライラしたけど、もう一緒に行くことがないと思うと寂しく思うこの不思議さ。

 

4年ちょい。

一人で通院を頑張った自分を自分でほめていたが、これはこれで貴重な時間だったのかもしれない。

一緒に通った者にしかわからない思いってあるのかもしれない。

 

きっと、すべてのもめごとも本当に父がいなくなってしまった時、懐かしく切なく思い出されるのかもしれない。

 

もちろん現在進行中の施設での荒れ果てた行動については、全然、今はそうは思えないけど・・。

 

過ぎ去ってからわかる記憶の浄化というやつでしょうか?

そんなことを思いつつ、来週は父と久しぶりに第二戦を戦わないといけない。

まだ、認知がそんなにないので、私がだれかわかるだろうし・・。

戦いはまだまだこれからだ。

 

今年の友人からの年賀状で、母とも仲のよかった友人のお母さんが、ここ数年、認知症

「母は今では何もわからなくなりました」とコメントが書かれていて、何とも言えない気持ちになった。

 

まだ戦えるだけよい。と思って頑張ろう。

生きているから戦えるんだ。

そう思おう。

 

 

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