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鈴 真由.の徒然なる介護日記

介護はめぐる


頑固な母なのだが、彼女の人生は人の面倒をみることが大半だった。

姑である父方の祖母は私が高校生の時にくも膜下出血で倒れて3カ月間、ICUに入っていたがそのまま意識が戻らず亡くなった。

このころは父の姉である伯母も生きていてよくお見舞いに来てくれたのだが、やはり嫁の母は病院に通っていた。


そして、祖母が亡くなったあとは一人残った舅の祖父の面倒をみていた。

祖父は元気老人だったので97まで呆けることもなく過ごしていたが息子である父が先に脳梗塞になってしまったため、施設入所になってしまった。

息子が自分より先に障害者になってしまったのを祖父は理解していたのか?

言われるまま施設の多床の部屋で過ごしてくれていた。

その施設にも母は通って祖父の面倒を看ていた。


それと同時に在宅介護になった半身麻痺の父を看ることになった。

こっちは今でも頑固だが、ワンマンで高圧的で在宅なので何から何まで一人で看ることになっていた。


ここまでは全部、義理の両親や夫の面倒である。

母はそれ以外に実母の面倒もみていた。

実母も80を過ぎて、脳梗塞を起こし施設をつなぎながら、叔母である妹と交代で

通っていた。

母的には義理の親より実母の面倒を看たいに決まっている。

週に何回か施設に通っていた。


そんな母方の祖母が亡くなったのが10年くらい前かな?

母と祖母は18歳しか歳が違わなかったので、祖母の死後から母のガンの発覚まで

7年足らずであった。


今度は母の介護を私たちが看ることになった。


もう、1つ終わると次が起こり、次が起こるとさらに次がおこるをいう連鎖である。

こういうことは回ることなので仕方ないのだろうが、母や父の介護が終わるころには、

もう、自分の老後が始まるということか。


順番だから仕方ないが、なんだか、せつないね。

そう思うと両親の介護を経て、反面教師の様に「こうなったらダメだ!」とか「こういうことは元気なうちに決めておくべきだ」と考えるのは大切な事なのかもしれない。


それでも人は自分の介護の準備など殆どしないのだろうけど。。


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